藤原正彦先生を応援してみる。

なんか話題になっているこのコラムですが

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/34073/


ぱっと見ると気分が悪くなり、こぶしを握り締めている自分に気がついたりしますが。もしかしたらいいことが書いてあるかもと思い僕なりにちょっと考えてみました。

書いてあることを要約すると、「今の社会は最低で誇りをもてない。昔、それも戦前や江戸時代の日本のほうがずっといい社会で誇れると思う。若い人はがんばって、昔の日本の社会や文化に戻してくれ、そんな気分になるには昔の本を読むといいよ。」

みたいな感じかな?

個人的にも、昔の文化、特にキリスト教価値観が浸透する前のものにはよいものはあって、一概に否定すべきものではないと思っているのでいくつか例示してみたい。

■妾とか2号さん、今風に言えば愛人を持つことがふつー。

この文化は今こそぜひ復活すべきではないだろうか?昭和40年代ころから廃れ気味の文化だと思うけど、今結婚しない女性が増えているが、その理由の多くは「いい相手がいない」からだそうだ。いい相手の条件には、経済力や性格や容姿などが挙げられるだろうが、そんないい男は残念ながら限られている。女性が社会で活躍するようになればなるほど、要求される経済力のレベルはあがるとともに、経済力を得られるポストで女性が増える分、男性の比率、絶対数が下がるので、なかなか難関だ。
これでは少子化が止まるわけがない。

しかし、所得格差が広がる中で、所得最上位の層は経済力は凄くある。だから、この男性を、一人の女性が独占せず、何人かの女性でシェアすればいいのだ。2号とは言わず70号くらいまで作ってもおつりが来る人はいるだろう。

社会のキリスト教価値観によって、愛人を官舎に囲ってたくらいで辞職させられたりとか、男性を独占することが普通であり幸せみたいな今の価値観を変えて、以前のような何でもありの日本の文化を取り戻してはどうか?皇室も側室を復活すれば、跡継ぎ困らないだろうに。

■人前で裸でいることがふつー

江戸〜明治時代初期なんかだと、夏はそこらへんで半裸やふんどしだけで歩いているのは町人、農民的にはふつーのことで、女性なんかも上半身裸で道沿いの縁側で夕涼みしているのはごく当たり前だったらしい。
佐川急便のトラックに書いてあった飛脚のファッションはふんどしと変な布を胸に当てているだけですが、あれはまだましな部類だったようです。

元々日本人は裸への抵抗感が少なかったので、電車の中で赤ちゃんに授乳したりとかも普通。これは昭和まで生き残りふつーによく見かけたらしい。それに今でも混浴の温泉とかあるでしょ?
大浴場に裸で入ったりって外人には抵抗感が強く、よく銭湯でイラン人がトラブルを起こすようなので、裸をさらすのが平気なのは日本文化の特徴ですね。

この日本文化は今時アリでしょう。何的にありかというと、当然エコロジーですね。クールビズなんてまだまだ甘いです。裸だったら冷房29度でもOKな様な気がします。

最近は渋谷で上半身裸の男子が歩いていたり、ほとんど水着の女子が歩いていたりしますが、これなんかは藤原先生好みの日本文化への回帰でしょうね。先生の言うとおり若者もがんばってますよ。あまり本はよまなそうな感じの人たちですが。

■命の価値がすっごく低い

戦国時代なんか、戦に負けたり、部下が歯向かったりするとお家断絶なんていって、当人はもとより、奥さんや子供まで皆殺しにしちゃったりしてたようですし。ちょっと一揆なんて起こすとみんな打ち首獄門、今の基準で行くとありえない残虐さの釜茹で刑なんてのも実に日本文化ですよね。

おばあさんを山に捨てに行ったり、赤ちゃんが生まれると間引きと称して殺したりとか一般人もやりたい放題です。今の基準でいくと殺人事件とかすさまじい件数だったでしょうね。

また太平洋戦争なんかのときでも、特攻なんていって、兵隊を飛行機乗せて敵の船に体当たりさせるとかすごいことしますよね。ドイツではリモコンの飛行機を実用化して使っていたようですが、当時の日本は今の日本とまったく違い、農業国で、蛾を飼って、そのさなぎをほぐして糸にして輸出し(これはシルクのことなんですが)外貨を稼いでいた国で悲しいほど工業力や技術力がなかったのでした。

個人的には抵抗大ですが、この命の軽さというのも今こそ復活すべき日本文化かもしれません。

それは、高齢化社会の対策です。もう一通り働いてもらったら、病気になっても医療はしないのです。究極の高齢者医療費削減策です。こういうことですよね。先生!でも、先生こそもうすぐ対象になっちゃう年ですがいいんですかね。先生は無私の人なんですね。

最近のばらばら殺人なんてのも、敵将の首を切断してお土産にしたり、罪人の首をさらしておいたりする日本文化の復活なのかもしれません。

■金融のモラルが最高に低い

戦後から昭和40年代くらいまで、金融のモラルは今の基準で言えば激しく最低でした。野村徳七も山種も今の法律だったら証券関係者全員刑務所行きでしょう。ホリエモンや村上氏など、金融関係者のうちではお行儀が相当いい人に属します。
まあそのころは、インサイダー取引なんかも規制する法律があまり整備されていなかったので、別に何しても良かったのではありますが、モラルもクソもないまさに生き馬の目を抜く道徳のかけらもない世界だったようです。M&AにしてもTOBなんてまっとうな買い方はしません。「乗っ取り」です。これは日本だけでないので日本文化とはちょっと違いますが。

それに比べると今の金融界の道徳は悲しいほど最高でお行儀が良すぎです。この点は先生ちょっと勘違いされているかもしれません。

小説「赤いダイヤ」です。これを読むと当時の金融の世界を感じることができます。梶山 季之さんの本ですがこの人のほかの本も面白いですよ
http://www.amazon.co.jp/%E8%B5%A4%E3%81%84%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4-%E4%B8%8A-%E6%A2%B6%E5%B1%B1-%E5%AD%A3%E4%B9%8B/dp/4775920014/ref=pd_sim_b_1/503-6974681-5075136

このモラルのなさですが、今の日本の金融関係は、普通の業界に比べればまだまだお行儀は悪いものの、それでも今はコンプラだなんだとおとなしすぎるように思えます。証券会社にコンプラなんてなんか変だと思うのですが。で、その間隙を縫ってギリギリの線を突いてくる外資投資銀行にやられている部分はありますね。
MSCBの引き受けとかでも特に大手はあまり顔出さないし、ダーティでもうかるディールは外資にほとんどやられてる(有名なのではライブドアニッポン放送のときのリーマンとか)。先生はきっとこういうことにご不満なんでしょう。がんばれ、日系も!金融庁がなんだ!ばれなきゃいいじゃん!


私の想像では、きっと藤原先生はこんなことが言いたいんだと思う。昔の日本も全て否定すべきではなく上記のようにいけている部分もあることを確認した。先生をちょっと尊敬。
ヘアスタイルもかっこいいのでこんどは美容院に写真を持っていこうかと思う。

国家の品格」は本屋で立ち読みして30秒で気分が悪くなってやめたけど、先生のファンになりそうなのでこんど一度買って読んでみます。


ちなみにこちらの方がここよりずっと面白いですよ。
http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20070111