恋愛はいいものか?


恋愛はいいもの、すべきこと、というのがなんか常識になっている世の中ですよねぇ。個人的にはこれすごくやーな感じですね。


もともと人間は生き物なので生殖は本能であり、必要であり、セックスを求めるのは自然なことでそれは当然なのだけど、必要なのは生殖だけでしょ。セックス以外の精神的なものを異性に求める必要は生き物としては特にないですよね。人間は社会的動物だと言っても、他者との関係性を恋愛だけに求める必要はないし、恋愛という関係が他の人間関係に比べていいというわけではないと思う。


もちろん、恋愛をしたい人はして幸せになってくれれば、人に迷惑を掛けるわけではないしそれはそれで別にいいのだけど、社会的に「恋愛しないと変!」みたいな圧力をかけるのは勘弁して欲しい。


あくまで僕個人の考えだけど、恋愛自体は何も生産しないし、その効用に比べて時間を消費し、金もかかる。
これまで恋愛に費やした時間を、勉強や、スポーツの練習や、仕事に使っていれば、より有意義な人生が送れただろうなぁーと思う。貯金もできていたかもしれない。もっとこれに早く気がついていれば、もう少し立派な人間になれていたかもしれない。後悔。


なぜそんなバカな時間の使い方をしてしまったのかを考えると、もちろん本能的なものもあるが社会的な圧力みたいなものも影響しなかったわけではないだろう。きっと人として弱いんだろうな。他人との関係性がないと幸せでいられないっていうのは、他力本願で、客観的に見ると生き物として弱いと思う。今は一人でも逞しく生きられる強い人間になりたいと思っている。まだそこまで解脱できてはいないけど。
解脱できた非モテの人の強さを僕は尊敬するし、常人が恋愛する時間分もっと仕事してくれてたくさん生産して税金払ってくれれば、社会的には常人より有意義な人だと思う。

より、限られた人生を有効に使うためには、男女共に恋愛をせずセックスだけを充足するようにすれば、必要な時間はかなり短くなるので、そちらの方を志向したほうがいいのではないか?


男性の多くは恋愛とセックスの分離が容易なのだが、女性の場合、男性に比べて分離ができる人が少ないことによって(たくさんいるのだがあくまでも相対的な話)、需要と供給のミスマッチが生まれてここに非効率があるような気がする。自分の遺伝子を未来に残すための戦略に従えば、毎日種付けできる男性はできるだけたくさんの相手と、せいぜい年に一人しか生めない女性は相手を選ぶというのは正しいのだが、これ以外にもジェンダー意識がこのミスマッチの一つの原因のような気がする。ジェンダーフリー意識がより浸透すれば、このミスマッチが解消し、男性も女性もより多くの人が恋愛に時間をとられずもっと生産的な活動に時間を割くことができると思うのだが。また、セックスのプロの存在も恋愛に使う時間を節約する上では重要な存在だと思う。

恋愛がないと結婚が減って、少子化がひどくなって年金が…という話は確かにあるものの、恋愛と結婚は一緒である必要はこれもないかもしれない。おじいちゃん、おばあちゃんの世代はかなりの部分がお見合い結婚だし、これも恋愛至上主義の負の影響だと思うけど人間恋愛がないと結婚できないってことはない。また、結婚しないと子供が生めないということも別にない。シングルマザーでもいいわけだし(育児インフラの不足はあるが)。


恋愛って、関係性、セックス、結婚の可能性みたいなものがパッケージになっているもので、デパートの福袋みたい。欲しかったものも入ってるけど、いらないものやサイズの合わないものも付いてきちゃう。
恋愛資本主義はこの福袋の市場中心に回っているのですが、ファンクションごとに別々に調達して、自分にとって適当なパッケージを作れる水平分業的各ファンクション別の市場、それもプロアマ参加で流動性の高いものになったほうがより効率的な市場に近づき全参加者の効用が高まるはずだと思うんですが。

そのためにはまずはやっぱりジェンダーフリーだと思う。で、各市場には参加するもよし、しないもよし、なんにしろ社会的圧力フリーで。