フェミニズムよりジェンダーフリー

フェミニズムを女性の権利拡張運動とする。良く問題になっていることが、男女の所得差や正規雇用率、管理職の構成比などですが、現状の統計を見ると確かに差がある、これには性差別という面と、本人の志向に性によって傾向があることの両方の原因があると思う。
まあその原因は置いておいて、その結果所得差がなくなり、正規雇用率も管理職構成比にも差がなくなったとする。
そうすると必然的に、女性の割合が増えたぶん、高収入男性、正規雇用者男性、管理職男性の絶対数は減ることになる。


それで困るのは男性だけではない。現状多くの女性は、収入の高い男性と結婚したい、正規雇用の男性と結婚したいという「上方婚志向」を持っているが、その達成が難しくなるのだ。
キャリア志向の女性にとってチャンスが広がる一方で、男性に対してパラサイト志向の女性の間では、上方男性の獲得競争が激しくなり、たくさんの敗者が必然的に生まれることになる。もちろん、下方婚志向を持った男性も厳しくなってくる。


そうすると、結婚が減り、子供も減り、世代バランスの回復が難しくなるし、貧しくても家庭があることは幸せであることが多く、結婚が減れば国民の幸せの総量が減るだろう。恋愛だって同じだ。


だから、男女差別はOKというつもりは全くなく、男女にかかわらず優秀で生産性の高い奴が、いい仕事をしてくれないと社会が豊かにならないので、生産性以外のことで仕事から排除されたり、給料が安かったら、生産性の高い女性が馬鹿らしくなって、専業主婦になって家政婦の仕事を始めたりなんてことがあったらそれは社会の損失なのでそういう事態は避けないとマズイ。男女差別は経済的損失につながるので大反対。


ではどうすればいいかというと、上方婚志向の女性を減らし、下方婚志向の女性を増やす。また、上方婚志向の男性を増やし、下方婚志向の男性を減らすことができれば、異性獲得の競争は緩和され、結婚の数も減らないで済むだろう。男女共に性役割意識が敵なのだ。


そのためには、女性の権利拡張を主題にしたフェミニズム運動だけでは片手落ちで、男女共に性役割的価値観を消していく必要がある。いわゆるジェンダーフリーを目指したものでないといけないような気がする。
時間はかかるかもしれないが、だからこそ少しでも早く始めていかないとまずいんじゃないか?ガキのころから始めるのが有効だと思うので、ジェンダーフリー教育は必要じゃない?


映画「プリティウーマン」を全く逆にした映画とか、若草物語を全く逆にした小説みたいなの見てみたい(2つとも大嫌い)。