市場

かつての社会主義国で、生産性も上がらず技術革新も進まなかったことを見てもわかるとおり、人間は基本結構怠惰で、インセンティブがないと働かないし工夫もしない。
その点で、「努力した人が報われる社会」というのは、あまり好きな言葉ではないが生産性向上のためには必要になってくると思う。
ただ、人間の能力には一人一人大きな差があるので、努力した人が報われるだけではだめで、能力のある人が報われることも必要っていうかそっちのほうが大事かも。結果として生産したものの価値に応じた報酬になっているべきだと思う。能力がなければ努力してもそれほど報われなくてもいいと思う。また、生産したものの価値に応じた報酬ということで言えば、同じ生産でも、社会にとって価値あるものを生み出した人にはもっと報酬を与えたい。努力の量だけで報酬が決まったらそれはそれで不平等だ。

市場原理はあるていどよくできていて、ほっておくと価値あるものを生み出せば、高いお金で買ってもらえるので、その人の報酬は高くなる。ただ、外部性(公害を出していいものを作っても、社会的には迷惑だが物は高く売れてしまう)など市場に完璧でない部分が一部あって、ここを上手くやるための工夫が必要になる。

市場原理の補完をするためには、公の関与が必ず必要になるため、優秀で努力する官僚が必要になり、上手に市場の補完ができれば価値ある仕事だと思うけど、現状あまり上手くいっていないようだ。問題はいろいろあるけど、一つには官僚の報酬が低いというのがあるのではないか。東大法学部を出て民間に行けばもっと稼げるので、その元を取るために官製談合→天下り→退職金→ウマーということになっているような気もするが.....彼らの仕事の公正を確保しつつ、優秀な人材を集めるには、報酬を上げて、次官が出たら同期はやめるみたいなことを止めたらどうか?天下りだけなくしたら優秀な人間が来なくなりそう。

他にも、医者や弁護士などなるのが大変な仕事は今くらい稼げないとだれもならなくなるし(他にまともな仕事がないからしかたなく医者になった人に診てもらいたくないでしょ)、能力のある人がリスクをとってベンチャー起こして成功し、価値のあるものを生産し雇用を作ったらそれなりの報酬がないとだれもベンチャーなんてしないから産業は停滞してしまうだろう。

「努力した人が報われる社会」でなくて「努力してもしなくてもいいけど、価値あるものを生み出した人が報われる社会」のほうがベターじゃないか?前者の方が耳障りはいいけど、市場原理には反すると思うのでちょっと違うと思う。